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大阪高等裁判所 平成7年(う)909号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大西リヨ子作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官寺野善圀作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、本件強制採尿手続は、これを許可した捜索差押令状に付された「強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせること」との条件に違反して、医師でない看護婦が強制採尿を行っているから、採取された尿は違法収集証拠であり、右尿の鑑定書の証拠能力も否定されるべきであるから、その証拠能力を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。

関係証拠によると、本件捜索差押令状には所論の条件が付されているところ、原判決が説示するとおりの経過で、原判示A看護婦が被告人の尿を採取したことが認められる。これによると、A看護婦は原判示甲野病院において、同病院の日常の医療業務の過程で、医師の指示に基づき多数回カテーテルによる尿採取も行っており、その技術に習熟していたこと、本件当夜、同看護婦は原判示B医師の指示を受け、同病院第三処置室で被告人に対しカテーテルによる本件採尿を実施し、その際B医師は右採尿の現場には立ち会わなかったが、要急の事態に備え、右処置室の廊下を隔てた向かい側の看護婦詰所で待機し臨機の対応をなしうる態勢にあったというのである。右事実関係の下では、本件強制採尿は、前記の本件捜索差押令状記載の条件にいう医師による医学的に相当と認められる方法により採尿がなされた場合に当たると解される、とした原判決の判断は、正当として是認することができる。

従って、本件強制採尿の手続に所論の違法はなく、所論はこの点において、失当である。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は、覚せい剤を使用していないのであるから、覚せい剤使用の事実を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が原判示のとおり覚せい剤を使用した事実を優に認定することができ、右認定の理由として、原判決が(争点に対する判断)の項において、事実認定の補足説明として詳細に説示するところも、正当として是認することができ、当審における事実取調べの結果によっても、この判断は左右されない。所論にかんがみ、若干付言する。

所論は、〈1〉本件で鑑定された尿は、警察官によって尿のすり替えが行われ、被告人のものでない疑いがあり、或いは被告人の尿に異物が混入された可能性がある、〈2〉仮に、右尿が被告人のものであったとしても、それは、平成六年二月初め頃知人が被告人不知の間に覚せい剤をコーラに入れ、被告人がそれと知らずに飲んだことによるとしか考えられない、という。

しかし、先ず、〈1〉の点については、関係証拠によって、採尿から尿鑑定に至るまでの経過を検討しても、被告人が提出した尿と鑑定に付された尿の同一性に疑いを差し挟む余地はない。所論は、A看護婦が被告人から尿を採取して処置室を出たのち、詰所にいたB医師のもとに尿入りの容器が持ち込まれるまでの約一〇分の時間経過の間に不正等が行われたというのであるが、その間の経過等は、原判決が関係証拠を検討し詳細に判示するとおりであると認められ、右の間に関係者らによる不正行為が介在したり、或いは異物混入を疑わせる事情が認められないことは、明らかであるというべきである。

次に、〈2〉の点については、被告人は所論に沿う趣旨の供述をするが、右供述は、原判決も適切に説示するように、内容自体が著しく不自然、不合理であり、信用性に乏しい。

そして、本件各証拠を検討しても、本件において、被告人が覚せい剤をそれとは知らずに摂取した特別の事情があるとは考えられず、原判示の期間内に、故意に覚せい剤を体内に摂取したものと認められる。

その他、所論にかんがみ検討しても、原判決に所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、仮に有罪であるとしても、被告人を懲役一年一〇月に処した原判決の量刑は重きに失する、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、覚せい剤の自己使用一件の事案であるが、原判決が量刑の理由中で指摘するような、被告人の本件同種前科などの存在や、覚せい剤に対する依存性の根深さなどに徴すると、被告人の刑責を軽くみることができず、被告人のため酌むべき情状を考慮しても、原判決の量刑は相当であり、もとより重きに失するとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条、刑訴法一八一条一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田崎文夫 裁判官 久米喜三郎 裁判官 小倉正三)

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